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「印刷の仕事をしてきてよかった」
「印刷にかける世界の熱を感じた」「印刷の仕事をしてきてよかった」――8年ぶりにドイツで開かれた印刷機械の世界最大の見本市「drupa2024」を視察しての、正直な感想だ。
欧州は、15世紀にグーテンベルクが活版印刷を実用化して以来、印刷物に文化を刻む伝統を持っている。その空気を肌で感じ、最先端技術を目の当たりにできたことは、活字と新聞と印刷に40年かかわってきた私にとって、幸せな時間だった。
drupaという言葉は、ドイツ語のdruck (印刷)とpapier(紙)を合わせた造語らしい。オリンピックのように4年に一度開かれてきたが、前回2020年はコロナで中止だった。
8年前のテーマは「touch the future」、今回のテーマは「create the future」。未来に「触れる」から「創造する」に進化し、課題は多々ある中で能動的に未来を切り開いていくんだ、というメッセージ性が強められた。
出展は、日本の46社を含む世界52カ国1573社。甲子園球場の3倍以上ある広大な「メッセ・デュッセルドルフ」の18展示棟は、視察した5月下旬、機械と人で埋め尽くされていた。
世界二大メーカーの技術競争
最初に紹介したいのは、世界の二大メーカーの競争だ。ハイデルベルク社とケーニッヒ&バウアー(KBA)社。いずれもドイツに本社があり、印刷機は日本を含めて世界で使われている。
ハイデルベルク社の広大な展示スペースは1棟の3分の1を占め、B1判の最新枚葉オフセット機「スピードマスターXL106」の前は、満員電車内のような人だかり。1時間あたり印刷枚数の数字を表示するデジタル表示版があり、デモ印刷が始まるとほどなく「20,000」が表示され、「世界最高速度です」のアナウンスに歓声が上がった。
刷版を上から吊り下ろして自動セッティングするユニットも付いており、開始と停止のボタンを押すだけの全自動化をアピールしていた。
ライバルのKBA社の展示スペースでは、最新枚葉オフセット機「ラピーダ106X」が、「毎時22,000枚を記録した」と、やり合っていた。
偶然なのか意図的なのか、ハイデルベルク社もKBA社も、最新鋭印刷機の名称に同じ数字「106」を冠しており、バチバチの戦いの火花を感じた。KBA社は、drupa期間中の商談で、420億円の新規受注を獲得したらしい。世界の印刷業界は元気だ。
「パッケージ印刷」「加飾」のトレンド
大谷選手クラスのホームラン競争はエキサイティングだったが、会場全体で受けた印象は、印刷業界が「商品パッケージ印刷」や「加飾印刷」へと軸足を移しつつある、ということだ。
drupa2024のテーマの一つが「持続可能性」。この持続可能性には、自動化、省力化、環境負荷軽減など、いろんな方向性はあるが、情報伝達メディアとしての印刷物の役割が、急速にデジタルに置き換わってきている現代社会において、印刷業界が何によって生き残っていくか、という問題提起でもある。
メジャー級の社のデモは、印刷機単体だけでなく、型抜き、パッケージの糊付けと組み立て、という後加工の工程機械とセットかつインライン一貫工程での展示が目立った。
展示物も、食品、菓子、医薬品、化粧品、ディスプレー用紙器、商品ラベル、トレーディングカードといった「商品パッケージ」系、「エンタメ」系が多い。デザインや後加工が勝負どころとなる時代の到来を、強く感じた。
加飾技術では、金箔、銀箔などの細かい箔押しを、版なしで毎時1,300枚デジタル印刷できるスコーディクス社の「ウルトラ6500」のデモ印刷に見入った。
インクジェットデジタル機の多様化
情報の伝達が、紙からデジタルに置き換わっても、食品や医薬品を包むパッケージ印刷の需要はなくなることはない、という「持続可能性」のトレンドを感じた。
また、「版ありのオフセット印刷機」VS「版なしのインクジェットデジタル印刷機」のせめぎ合いも、互角の戦いが続いていると感じた。
かつてはデジタルに押し切られるかに思われたオフセットが、CTPの発明と版の技術改良で頑張っている。一方で、インクジェットは、多種多様な新製品が展示され、B1判の大判から、A3判ながら水性インク使用で食品パッケージの紙包装を印刷する専用機まで、多士済々だった。
業界では当分の間、版あり版なし両印刷機のベストミックスが基調になるのだろう。
感じた欧州の印刷物文化
会場外の話になるが、今回、ドイツのほか、ベルギー、スイスも訪問して、直感的に「欧州はまだ印刷物が多いのではないか。印刷物に文化というか存在価値を感じ、リスペクトしてくれている雰囲気が残っているのではないか」との印象を持った。
街のスーパーや雑貨店には、フリーの冊子が置かれているところが多かった。視察に行ったベルギーの印刷工場も、根強い定期刊行物が売上の軸になっていた。
drupa会場から南へ約30㌔、大聖堂が有名なドイツ・ケルンの街のレストランに入ると、タブロイドより少し小さいサイズのカラー32㌻の新聞が、メニューだった。料理のページ、ワインのページ、店の紹介に、広告のページもある。新聞輪転機で印刷して折り機で1部ごとカットした証拠である「ニードルピンの針穴」が紙にあり、本当にうれしくなって、ビールが進んだ。
このメニューは、店内に、装飾のように重ねてたくさん置かれていた。印刷文化そのものだと思えた。
帰国後、その印象を、外資系企業の知人何人かに尋ねたところ「それはその通りだと思う。欧州とアメリカは明らかに違う。日本は、どちらかというとアメリカの影響を受けて、印刷文化が細っているのではないか」とのコメントを得た。
米国GAFAにつられることのない、反骨心があってもいいのではないか、印刷物を大切に思ってほしい、と改めて思う。
印刷の未来はデザイン性
時代が変わり、技術革新とともに使命を終えるものはある。カセットテープレコーダー、VHSビデオ、カメラフィルム、そして、紙媒体もそうかもしれない。
でも、何かを記録に残そう、記念に残そう、多くの人と共有しよう、暮らしや食事、生活をきれいなデザインで彩ろう、日常にエンターテインメント性を入れて演出しよう、機能だけでなく美しさを求めよう、表現しよう、という人の気持ちは変わらないと思う。そこに、印刷物が生きていく道もあるのではないか。
機械や技術はもちろん大事だが、大切なのは、パッケージのトレンドにおいても、それ以外の道にしても、デザイン性を志向し、付加価値を磨き、追求していくことではないか。
よくよく考えると、文字のフォント一つにしても、緻密にデザインされた表現だ。「美しい」「面白い」「ほしい」「ためになる」と素直に思ってもらえる、デザイン性とコンセプトの立ったprintingを世に送り出し、文化そのものを作り出していく。それは大事な仕事だ――。
世界最先端の見本市は、最先端とは対極ともいえる「原点」を考えさせてくれ、「印刷会社でよかった」と思わせてくれたのだ。
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