※まずは、前回のコラム「新聞広告を出した話」をぜひご覧ください
新聞輪転機の大きな写真が<「伝えたい」を伝わる形に>というコピーとともに掲載された広告をご覧になった方、どう思われましたか?
「紙と活字の力」に誇りを持って、それを信じてというフレーズ、どう思われましたか?
私は1981年から2014年まで、新聞社で働いていました。
33年間のうち、30年間は記者であったりデスクであったり、記事を出稿する側の立場でした。
広告で謳った「紙と活字の力」については、「紙かデジタルかは正しい問いかけか?」で少し書きましたので、今回は新聞、特に一般紙の魅力について、思っていることを書いてみます。
「インターネット万能社会なのに、なんで今さら新聞の広告?」
「ニュースはスマホで見るから、新聞なんて要らないのでは?」
広告は毎日新聞の読者向けのものだったので、少なくとも新聞を読んでおられる方の目に留まったと思うのですが、それでも、こう思われた方が相当おられたのではないでしょうか?
私は、さまざまな情報を得るのに、新聞もデジタルもそれぞれの長所と短所があると思っていて、上手に使い分けたらいいと考えています。
新聞は「幕の内弁当」
この言葉は、新聞社時代によく聞かされました。
栄養のバランスや見た目のカラフルさを考えた幕の内弁当には、あなたの好物もあれば苦手な食べ物も入っていると思います。
ですので、迷い箸をしたり、どこから食べようかと考えたりしますよね。
新聞も同じです。
事件や事故、政治の動きはもちろんですが、芸術・芸能やスポーツ、囲碁将棋、パズルなどの趣味、小説、コラム、「こんな人、あんな人」の話題、経済や金融の動向、会社や役所の人事まで、毎日掲載されています。
あなたの全く関心のないことも載っているけど、新聞を開くと、それは自然と目に入ってきて、たまに、それを試しに読んでみると、あなたの脳や心に何らかの足跡を残している。
ニュースの取り上げ方や分析だって、あなたの考えと違うこともたくさんあると思います。
一方、スマホでニュースを見る時は、ほとんどが同じ大きさの「見出し」でスクロールしながら追いかけていくので、嫌なもの、関心のないものは、飛ばし飛ばしにしていますよね。
ですので、あなたの食べるのは大好物ばかり。
それはSNSでも同じで、コンピューターのアルゴリズムによってそうなっていく現象をフィルターバブルと言ったり、エコーチェンバーと言ったりします。
でも、から揚げが好きだからと言って来る日も来る日もから揚げばかり食べていたら、どうなるか考えてみてください。
いつの間にか、から揚げ以外の味は分からない人間になってしまうのではないでしょうか。
新聞は、好みに合わないものが載っていることが魅力だと思っています。
さらに言うなら、いろんな新聞を読み比べてみると、もっと好みに合わないものに出会える魅力がさらにあります。
そして、苦手なものとの出合い、関心がないものとの出合い、さらに異なる考えとの出合いは、またさらに新たな考えや知識を得る大事なことですよね。
「民主主義にとって」、も。
新聞は「深聞」
私が新聞記者になった1980年代、ニュースの速さでは絶対にテレビに勝てない(だから特ダネを書け)と言われました。
いまや、TV情報の速さだってとてもインターネットには勝てませんし、そのグローバルな広がりも全く違います。
インターネットを媒介としたニュースが広がり、新聞社もようやくデジタル報道に乗り出した後は「デジタルファースト」ということが、言われるようになりました。
取材したことは、まず一報をデジタル用に出せ、締め切りのある紙は後でいいと。
まさに、そういう時代です。
でも、スマホのニュースで知ったことを、「明日の朝刊ではどう書いているのかな?」「どんな見方をしているのかな?」と腰を据えて読むのは、私は、やはり新聞によってです。
例えば、ロシアのウクライナ進攻で、ゼレンスキー大統領が戦火のキエフから、Twitterで直接メッセージを発信しています。これって、究極の1次情報! SNSあってこその話です。でも、その発信の背景にあるものや、意図については、新聞を読むことで初めて真意がわかることがあります。
また、同じTwitterによる直接の発信は、そもそも米国のトランプ(前)大統領がやっていたということも忘れてはならない思いがします。一方、トランプ大統領を勝たせるために、ロシアがインターネットを駆使してさまざまな情報を流していたことも、明らかになっています。これも忘れてはならない事実です。
ニュースの1次情報はインターネットで、でも、その分析や見方は新聞を読んで考えるというのが、私の流儀です。
「新聞」というのをやめて、いっそ「深聞」にしたらどうかとも。
ニュースに限れば「特ダネ」以外は、みんな知っていることを読んでいるのだから…
新聞は「慎重」
スマホで見る情報は無料。新聞はお金がかかる。
「それって、どうして?」と思うのは当たり前です。
印刷代や輸送代を別にして、ひとつのニュースだけで考えても、取材者、その原稿をチェックして指導するデスク、言葉やデータに間違いがないかチェックする校閲、新聞紙面の見出しを考え大きさ(価値)を考える整理記者など、何人もの人件費がかかっています。
意見を述べるにしても勝手に1人が自由に発信するSNSとは全く違って、同僚やデスクなどの目が通ります。
しかし、いったん情報として発信したものには「責任」が伴います。
FacebookやTwitterは情報を発信する「場」なので、発信されている内容の真偽を確信することは難しい。しかし、新聞はそのようにして逃げられません。
それだけに、発信には多くの人の目を通し、「慎重」になります。
でも、「タダほど高いモノはない」とはよく言ったもので、フェイスブックやTwitter、またニュースのプラットフォームなどのアカウントをスマホに入れる時の利用規約に「同意する」の、あの人に最後まで読ませないための長い文章を根気よくお読みになれば、なぜ無料なのかはわかります。
あなたがクリックや「いいね!」などで積み重ねた「好み」や「関心」がコンピューターによって解析され、モノを買わせるためのターゲット広告が、次から次へと訪れますよね。
新聞購読者の家に好みに合わせたセールスマンが来て、毎日毎日インターフォンを押しているようなものです。
伝えたいを<伝わる形に>に。
私は、伝えたい側の仕事から伝わる形にする側の仕事になり、改めて新聞や印刷物、インターネットの長所と短所について考えています。
長文におつきあいいただき、ありがとうございました。
(文・氷置恒夫)
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